大判例

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東京高等裁判所 平成10年(う)1430号 判決 1999年5月27日

主文

原判決を破棄する。

被告人A株式会社及び同Bをそれぞれ罰金六〇万円に処する。

被告人Bにおいてその罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

理由

一  本件控訴の趣意は検察官小田攻作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は弁護人弘中徹及び同竹内奈津子共同作成名義の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

二  所論は、要するに、次のようなものである。すなわち、本件公訴事実第一の要旨は被告人A株式会社(以下「被告人会社」という。)の代表取締役を務める被告人Bが、被告人会社の従業員であるC及び同Dと共謀の上、被告人会社の業務に関し、平成九年一月一四日、埼玉県大宮市内において、埼玉県青少年健全育成条例(以下「本件条例」という。)一一条二項一号に基づく有害図書等である雑誌一冊及び同項二号に基づく有害図書等であるビデオテープ一本を、被告人会社が設置する各図書等自動販売機にそれぞれ収納したというものであるが、原判決は、右ビデオテープが収納されていた自動販売機には一八歳を超える者にのみ販売可能となる運転免許証による年齢識別装置が取り付けられており、その識別精度が充分信頼できることを認定した上、精度の高い年齢識別装置が取り付けられた図書等の自動販売機は、有害図書等の自動販売機への収納を禁止した本件条例一四条一項の適用除外規定である同条例一五条所定の青少年の入場が禁止されるなどした場所に設置されたものと同視できるとして、右ビデオテープを収納した事実については罪とならない旨判示した。しかしながら、原判決の本件条例一五条に関する右解釈は同条の文理に反し、のみならず適用除外を場所的事由に限定していると解すべき同条の趣旨にも反するものであり、右ビデオテープの収納についても同条例一四条一項の適用があることは明らかであるから、原判決には同条例一四条一項及び一五条の解釈及び適用に誤りがあり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

三  そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果を合わせて検討することとする。

1  本件条例は、一一条一項において、知事に対し、青少年(小学校就学の始期から満一八歳に達するまでの者(婚姻により成年に達したものとみなされる者を除く。)をいう。)(同条例三条一号)に有害な図書等を指定する権限を付与し、一一条二項において、右指定図書等とみなされる図書及び雑誌(一号)並びに録画された磁気テープ及び光ディスク(二号)の範囲を定めた上(以下、規制対象となる図書等を「有害図書等」と総称する。)、一四条一項において、三条五号及び六号所定の自動販売業者及び自動販売機等管理者が有害図書等を自動販売機又は自動貸出機(以下「自動販売機等」という。)に収納することを禁ずる旨規定しているところ、関係各証拠によれば、前記ビデオテープが一一条二項二号所定の有害図書等に該当することは明らかである。他方、同条例は、一五条において、同条例又は他の法令により青少年を客として入場させることが禁止され、かつ、外部から図書等又はがん具等の購入又は借受けをすることができない場所(以下「青少年入場禁止場所」という。)に設置される自動販売機等については、一四条一項等を適用しない旨規定しているところ、一五条は、その文理に照らし、一四条一項等の適用を除外する自動販売機等として、一六条二項所定の指定有害興行を行う場所、一七条の四第一項所定のテレホンクラブ等の営業所等といった、法令により青少年を客として入場させることが禁止された場所で、かつ、外部から図書等又はがん具等の購入又は借受けをすることができない場所に設置されたものを想定していることは明らかである。すなわち、一五条による一四条一項等の適用除外は、自動販売機等の有する機能やその管理方法ではなく、自動販売機等の設置される場所を根拠とするものと解されるのである。

2  ところで、原判決は、精度の高い年齢識別装置が取り付けられた図書等の自動販売機は、青少年入場禁止場所に設置された自動販売機と同視できる旨判断するので、右判断の当否について検討を加える。

(一)(1) まず、関係各証拠によると、前記ビデオテープ収納の本件自動販売機に取り付けられた年齢識別装置は、運転免許証を挿入することによって当該免許証に記載された生年月日を読み取り、満一八歳未満である場合には自動販売機内に収納された図書等を購入することができないようにする機能を有する装置であることが認められる。そうすると、右年齢識別装置は、その機能から当然に、挿入された運転免許証により免許を受けた者の年齢を識別することはできても、自動販売機内に収納された図書等を購入しようとする者(以下「購入者」という。)の年齢はもとより、その婚姻の有無についても識別することができないことは明らかである。したがって、右年齢識別装置がいかに高い精度を有するとしても、満一八歳未満の青少年が満一八歳以上の者の運転免許証を用いて購入することを防止することはできないものといわなければならない。そして、購入者が他人の運転免許証を何らかの方法で入手して図書等の購入の際に利用することは、後に説示するところからも明らかなとおり、決して困難なことではないというべきである。

(2) この点、弁護人らは、運転免許証を他人に貸与することは道路交通法により罰則をもって禁止されているのであるから、青少年が満一八歳以上の者の運転免許証を借用してまで有害図書等の購入に利用することは、社会通念上考えられない事態である旨主張する。確かに、同法一二〇条一項一五号は、運転免許証を他人に譲り渡し又は貸与した者は五万円以下の罰金に処する旨規定しているが、それによって、青少年が満一八歳以上の者の運転免許証を入手して有害図書等の購入に利用することを封ずることは困難というほかない。なぜなら、購入者が満一八歳以上の者の運転免許証を無断で一時的に借用しても、右規定による処罰の対象とはならないし、窃盗罪により処罰することも困難であり、しかも、青少年が他人の運転免許証を用いて自動販売機から有害図書等を購入しても、青少年自身は現行法上不可罰だからである。かえって、本件のような年齢識別装置を取り付けた自動販売機を本件条例による規制の対象から外すことは、右のような行為を助長する誘因となることが懸念されることは、検察官指摘のとおりである。したがって、弁護人らの右主張は理由がない。

(二)  しかも、自動販売機による有害図書等の販売は、売手と対面しないため心理的に購入が容易であること、昼夜を問わず購入できること、収納された有害図書等が街頭にさらされているため購入意欲を刺激しやすいことなど、青少年による有害図書等の購入を助長する危険性の高いことも合わせ考慮すると、年齢識別装置が取り付けられた図書等の自動販売機と青少年入場禁止場所に設置された自動販売機とが同視できると解する余地はなく、原判決の前記判断は、本件条例一五条の解釈を誤ったものというほかない。

(三)(1) これに対し、弁護人らは、年齢識別装置による購入者の年齢等の識別に右(一)の(1)記載のような問題があるとしても、有害図書等の対面販売及び青少年入場禁止場所への入場の場合においても、客の年齢等の確認が十分に行われていないという実態があるのであり、年齢識別装置による識別のみに厳密さを要求するのは不当である旨主張する。しかしながら、右主張のような実態の存在を認めるに足りる証拠はないし、仮にそうした実態があるとしても、右(一)の(1)記載のような問題を有する年齢識別装置が取り付けられているにすぎない自動販売機等を規制の対象から除外すれば、青少年の健全な成長を阻害するおそれのある行為の防止、すなわち、青少年による有害図書等の購入の防止という本件条例の制定趣旨がなお一層阻害される結果を招くものといわざるを得ない。したがって、弁護人らの右主張は採用の余地のないものというほかない。

(2) また、弁護人らは、大分県の青少年のための環境浄化に関する条例(以下「大分県条例」という。)について、年齢識別装置が取り付けられた自動販売機等への有害図書等の収納に関する明文の規定がないのに、解釈上、その規制の対象から除外されているから、本件条例も同様に解釈すべきである旨主張する。しかしながら、当審における事実取調べの結果によると、大分県条例は、一一条の三第一項において、自動販売機等業者(本件条例にいう「自動販売業者」及び「自動販売機等管理者」とほぼ同義)が有害図書等を自動販売機等に収納することを禁止し、同条三項において、その適用除外事由として、「法令により青少年の立入りが禁止されている場所に自動販売機等が設置されている場合その他青少年が自動販売機等から図書等又はがん具類等を購入し、又は借り受けることができない措置が講じられている場合」を規定していることが認められる。この規定自体からも明らかなとおり、同規定は、自動販売機等が青少年入場禁止場所に設置されていることのみが適用除外事由とされている本件条例一五条とは異なったものとなっているのであるから、その解釈を異にするとしてもそれは当然のことというべきである。したがって、弁護人らの右主張は前提を欠くものというほかない。

3  そうすると、本件公訴事実第一のうち、図書等自動販売機にビデオテープ一本を収納した点が罪とならないとした原判決の判断は、本件条例一五条の解釈及び適用を誤ったものというほかなく、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。

四  よって、刑訴法三九七条一項、三八〇条を適用して、原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により、更に被告事件について次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人会社は自動販売機による図書等の販売を業とする者、被告人Bは被告人会社の代表取締役として被告人会社の業務全般を統括掌理する者であるが、

第一  被告Bは、被告人会社の従業員であるC及び同Dと共謀の上、被告人会社の業務に関し、平成九年一月一四日午後二時ころ、埼玉県大宮市三橋六丁目二一五番地において、法定の除外事由がないのに、被告人会社が設置する図書等自動販売機に、Dにおいて、本件条例一一条二項一号に基づく有害図書等である雑誌「投稿熟女王国」(投稿ニャンニャン写真平成八年一〇月号増刊一六七四八―一〇)一冊及び同項二号に基づく有害図書等であるビデオテープ「なんてったって女子高生5」(Hなブルセラ運動会Py―〇〇六)一本を収納し、

第二  被告人Bは、被告人会社の従業員であるC、同E及び同Fと共謀の上、被告人会社の業務に関し、平成九年三月一七日午後二時二〇分ころ、同県羽生市東一丁目一番六二号において、法定の除外事由がないのに、被告人会社が設置する図書等自動販売機に、Fにおいて、本件条例一一条二項二号に基づく有害図書等であるビデオテープ「セクシャルドランカー」一本を収納した。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人Bの判示各所為(判示第一については包括する。)はいずれも刑法六〇条、本件条例三二条、二九条一号、一四条一項に、被告人会社に係る判示各事実(判示第一については前同)はいずれも同条例三二条、二九条一号、一四条一項に各該当するところ、以上はそれぞれ刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項によって各罪所定の罰金の多額を合計した金額の範囲内で、被告人会社及び同Bをそれぞれ罰金六〇万円に処し、被告人Bにおいてその罰金を完納することができないときは、同法一八条により、金五〇〇〇円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置することとする。

(原審弁護人の主張に対する判断)

原審弁護人らは、<1>有害図書等の自動販売機への収納を禁止した本件条例一一条及び一四条は、憲法二一条が禁ずる事前抑制に当たり、違憲無効であり、<2>規制対象となる有害図書等の要件を定めた同条例一一条は、その文言自体から限界を明らかにすることができず、明確性を欠くから、違憲無効であり、<3>仮に同条例の右各規定が違憲でないとしても、自動販売機に年齢識別装置が取り付けられて図書等の販売対象を成人に限定している本件のような場合にまで同条例の罰則を適用することは、成人の知る自由を不当に制約するものであって、憲法二一条一項に違反するから、被告人両名は無罪である旨主張する。

しかしながら、本件条例によるような有害図書等の自動販売機への収納禁止が検閲及び事前抑制に当たらないことは、最高裁判例が説示するとおりである(最大判昭和五九年一二月一二日・民集三八巻一二号一三〇八頁、最三小判平成元年九月一九日・刑集四三巻八号七八五頁。なお、最大判昭和六一年六月一一日・民集四〇巻四号八七二頁参照)。また、本件条例は、一一条二項一号及び二号において、規制の要件とされる写真等の内容として、「全裸、半裸若しくはこれらに近い状態で卑わいな姿態又は性的な行為で別表第1に掲げるもの」と定め、別表第1において、卑わいな姿態及び性的な行為をそれぞれ具体的に限定列挙しているのであって、通常の判断能力を有する一般人としても、右各規定の文言自体から、個別の図書等が有害図書等に当たるかどうかを識別することは十分可能ということができる。さらに、本件のような年齢識別装置を取り付けた自動販売機等への有害図書等の収納を禁じたとしても、満一八歳以上の者や婚姻擬制により成人とみなされる者は、対面販売や青少年入場禁止場所において有害図書等を入手することができるのである。したがって、原審弁護人らの主張は、すべて理由がないか、前提を欠くものというほかない。

よって、主文とおり判決する。

(裁判長裁判官 河辺義正 裁判官 中谷雄二郎 裁判官 高橋 徹)

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